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月刊誌「改革者」2008年9月号
「改革者」2008年9月号 目次
 

羅 針 盤(9月号)
                   同盟の成立には高いコストが必要

                          田久保 忠衛
              杏林大学客員教授・政策研究フォーラム副理事長


 米国と英国は同じアングロサクソン系の人々同士だから関係が密接なのだといった俗論を耳にするが、本当にそうなのか。それよりも何よりも、雑多な人種が集まっている米国で「自分はアングロサクソンだ」などと威張ったらどんな反響が出るか常識で考えればわかるだろう。 言うまでもないが米英両国は二度にわたって戦争をした。最初は一七七五年から一七八三年までの八年間にわたって続けられた米独立戦争だ。次は一八一二年から一八一五年までの三年間にわたる「一八一二年戦争」である。二度目の戦いで米国は散々な目に遭う。ホワイトハウスなどの公共の建物は放火され政府は移転せざるを得なくなった。英軍は北上してボルティモアのマックヘンリー要塞を攻撃する。要塞の守りは固く、英海軍は艦砲射撃を行う。一夜明けた早朝にへん翻と翻える星条旗を見て感激した米弁護士のフランス・スコット・キーがその場で認ためた詩が米国歌になった話は有名だ。 このあとも両国にはトラブルが絶えず、大英帝国の行動を恐れた米国にはanglophobia(英国恐怖症)という言葉が生れた。米英間の力関係は十九世紀末から二十世紀初頭にかけて二度にわたって英国が戦ったボーア戦争ごろから逆転する。当時の英国民所得の二割にあたる五億ポンドを戦争に費やし、ドイツの挑戦を受けるなど孤立していた英国は米国との間に大問題を引き起こした。ベネズエラと英領ギアナ(現ガイアナ)との国境線をめぐり米国内に「英国はあまりにも横暴だ」との世論が沸騰したのである。 中南米に対する外国からの介入を峻拒するモンロー・ドクトリンが無視されたと立腹したクリーブランド米大統領は事実上の対英最後通牒である覚書を議会に提出した。宥和政策で有名なネビル・チェンバレン首相の父親のチェンバレン植民相は訪米して事態の悪化を防いだ。 米英両国がお互いに喧嘩してはまずい相手だと認識し合うのはこれ以降だろう。確固とした同盟関係を築き上げるには百四十年の長い歳月と高いコストが必要だった。いまの日米同盟は当然の存在と考えない方がいい。
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