浮動する憲法世論をリードせよ
加藤秀治郎
東洋大学法学部教授・政策研究フォーラム副理事長
尖閣列島沖での中国漁船衝突事件は、昨年九月七日のことだから、一年がたった。大変な事件で、当時は防衛をめぐる世論が一変しそうな「空気」だったが、
早くも世論の「空気」はまた変化を見せている。
読売新聞(九月十四日付朝刊)の憲法世論調査だが、意外な結果だった。
「改憲賛成」は、昨年三月とほぼ同じ四三%にとどまったのだ。
もっとも昨年は四二%とほぼ拮抗していた「改憲反対」が、今年は三九%に低下しており、変化が全くなかったわけではない。
他にも日米同盟を意識してか、集団的自衛権の行使につき、昨年は「行使反対」がわずかに「賛成」を上回っていたのが、今年は逆転し、
「行使賛成」四九%(「反対」四二%)と、かなり前向きになっている。
だが、「改憲賛成」が二〇〇四年には六五%もあったのだから、趨勢としては緩やかな低下傾向のままだ。大震災があって、
「今は憲法論議にふさわしくない」との判断が七四%もあるのも一因だ。圧倒的多数が理由として、他に「優先すべき課題がある」と答えている。それも国民感情だろう。
しかし、長期の世論動向を見てきた私には、やはり気がかりだ。
改憲が必要な状況は強まりこそすれ、弱まっていないのに、政界ではいつも「先送り」であり、何か大事件が起きてはじめて、世論が高まるものの、
やがて冷めていく、というのがパターンだからだ。
湾岸戦争、阪神大震災、北朝鮮核・ミサイルなどの問題で危機感が高まるものの、しばらくすると薄らぐ、という浮動を繰返してきた。
専門家は、尖閣事件で危機感が高まったものと判断したが、世論は大震災で「憲法問題どころではない」となったのか。
世論を語る者が注意しなければならないのは、いつも次のことだ。あるがままの世論で政治がやれるのなら、何も指導者はいらない。
「啓発された世論」こそが重要であって、政治や言論に携わる者は、半歩は先に出て世論を導かなくてはならない。
大震災の教訓は、事が起きてからでは遅い、ということだったはずだ。
憲法をいつまでも実用に堪えないままにしておくと、今度は漁船では済まないことになりかねない。
世論を指導すべき者の自覚を求めたい。
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