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月刊誌「改革者」2015年10月号
「改革者」2015年10月号 目次
 

羅 針 盤10月号

                    持続的な賃金の引き上げに拠る好循環の確立を

               大岩 雄次郎 ● 東京国際大学経済学部教授、政策研究フォーラム常務理事


  政府は、『平成二十七年度 年次経済財政報告―四半世紀ぶりの成果と再生する日本経済―』で「デフレ脱却」を宣言した。 つまり、マクロ経済の好転を通じて、売上高の増加による企業収益の改善をきっかけに設備投資が拡大し、さらなる生産と雇用につながり、 結果としての労働市場の逼迫が賃金上昇を生むことで個人消費が拡大する内需回復型の「好循環」が実現したということであろう。 しかし、一時的に好循環が生まれても、持続的な景気回復、経済成長を実現することは極めて困難である。 事実、内閣府が八月十三日に発表した国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比一・七%減、年率換算では六・八%減であった。 特に、民間最終消費の前期比年率三・〇%減が大きな押し下げ要因になった。 これは、賃上げの効果が、消費拡大には必ずしも結び付なかった、さらに換言すれば、家計は所得増を貯蓄に回していることの証左である。 そもそも賃金はどれほど上がったのか。ニッセイ基礎研究所によれば、 人件費の伸びは二〇一四年七〜九月期が前年比一・七%、十〜十二月期が同一・〇%と緩やかなものにとどまっている。 労働分配率(季節調整値)は二〇一四年十〜十二月期六〇・四%と一九九〇年代初頭の水準まで低下した。 特に、製造業の労働分配率は五四・八%と一九八〇年以降では最低水準である。好調な企業収益にもかかわらず、企業の設備投資、人件費の抑制姿勢は変わっていない。 深尾京司一橋大学教授によれば、一九八〇年代や二〇〇〇年以降は労働生産性上昇に比べて実質賃金率の引き上げが格段に小さい。 特に二〇〇〇年以降、労働生産性は一六%向上したのに、実質賃金率はほとんど上がらないという特異な現象が起きている。 日本の賃金水準は、主要先進国より大幅に低い一方、世界三五か国のうち日本企業の現預金の総資産比は一六%で、 米国四・四%、英国六・二%、ドイツ五・六%、フランス八・五%と比較して際立って高い(『企業の内部留保をめぐる議論』国会図書館「調査と情報」第836号)。 企業は、現預金等を適切な投資や労働生産性の上昇に見合う賃上げに活用すべきである。 二十年もの長期間にわたり浸透した構造的なデフレ意識は、社会保障に関連した負担増によって形成された面が大きく、 その解消には持続的な賃金の引き上げに拠る好循環の確立が必要である。
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