リーダーに期待される危機感
谷口洋志●中央大学経済学部教授、政策研究フォーラム常務理事
四月中旬時点で、世界の新型コロナウイルス感染症の累計感染者数は一・四億人を超え、累計死亡者数は三〇〇万人を超えた。新規感染者数は、一月中旬から二月後半の間に半減したものの、増加傾向にある四月中旬には最高水準を更新した。
新規死亡者数も再び一日一万人を超える状況が続いている(Our World in Dataの資料)。
インドでの感染者数増加とともに注目すべきは、日本の累計感染者数が世界では三八番目なのに、新規感染者数(七日間移動平均)は二六番目に多いことだ(四月十七日時点)。
これは、日本の新規感染者数が世界の中でも相対的に増加していることを示している。
実際、日本の新規感染者数(七日間移動平均)は一月中旬の六〇〇〇人台から三月上旬の一〇〇〇人前後へ激減したあと、三月後半から増加し始め、四月中旬には四〇〇〇人前後にまで増加している。
こうした動向を見ていると、四月十四日の参議院本会議における首相の「大きなうねりとまではなっていない」という発言には大きな違和感を持たざるを得ない。端的に言えば、首相の発言は、日本国トップとしての危機感の欠如を露呈したものだ。
危機感の欠如には複数の欠如が関わっている。
第一は、世界と日本における「大きなうねり」(動向)を見ていないこと、つまり認識の欠如である。
第二は、「感染拡大は一部地域である」「病床数の逼迫は顕在化していない」という回答に象徴されるように、今後の対策を考えるべきときに現在の状況や数値をみて判断していること、つまりリスク予測の欠如による判断の欠如(遅れ)である。
第三は、対策の欠如である。感染が拡大しても、国民には、不要不急の外出自粛、接触回避、特定営業店への出入り制限など、同じことが要請されるだけである。だから国民には、「これ以上どうすればいいのだ」という気持ちしか残らない。
第四は、重要な局面において国民への説明責任を十分に果たさないという責任感の欠如である。諸外国のトップが国民に対してどれだけ積極的に発言してきたか。
これが国難や戦時に匹敵するとされるコロナ禍において一国のリーダーに期待する国民の声ではないか。
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