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月刊誌「改革者」2022年1月号
「改革者」2022年1月号 目次

重要な言葉の点検を

谷口洋志●中央大学教授、政策研究フォーラム副理事長

 約二十年前の森喜朗内閣の時代にIT革命という言葉が流行した。ITとはインフォメーション・テクノロジーの略なので「情報技術」としか訳せないはずなのに、日本政府の公式文書では「IT=情報通信技術」と訳されていた。こうした誤訳は広く用いられていたが、いつの間にかITがICTに変わり、「ICT=情報通信技術」と表現されるようになった。Cは通信を意味するコミュニケーションズ(コミュニケーションと書くこともある)の略なので、恥ずべき誤訳はこれで一応解決された(が、誤訳は今でも散見される)。  ところが、森内閣時代には誤訳よりもっとひどい問題が生じていた。子供向け政府公式サイトでのIT革命の解説では、「ITとは何か?」「情報通信技術のことである」、「IT革命とは何か?」「ITとは革命である」と書かれていた。ここにあるのは誤訳で、ないのは定義と説明である。恥ずべき誤訳に、無内容の馬鹿げた解答が加わったのである。学校の試験なら零点以外に付けようがない解答である。  こうした状況は改善されたであろうか。残念ながら、答えはノーである。デジタル化とは何か、デジタル・トランスフォーメーションとは何か、成長と分配の好循環とは何か、さらには政府が多用してきた「戦略」とは何か、を考えてみればよい。これらの用語は、国民の共通理解となっているだろうか。誰もが自分の言葉でうまく説明できるだろうか。  私のこれまでの経験では、財政とは何か、金融とは何か、インターネットとは何かといった基本的な用語すら正確に解答できる大学生は多くない。金融については何とか解答できたとしても、財政とインターネットの説明となると、全く解答が浮かばない学生が多い。デジタルやデジタル・デバイドについても同様である。  願わくば、未来を背負う子どもたちには、誤訳、無定義、無説明や非論理的説明を押し付けないでほしい。こうした問題点の認識なしに教科書や解説書を学ぶなら、不適切な状況が再生産されるだけだ。まずは大人から、日本語を不正確、不適切に扱う習慣を改め、重要な言葉や用語を点検することからはじめよう。
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