近視眼的すぎる物価対策
川崎一泰●中央大学教授、政策研究フォーラム常務理事
現地時間八月十日に米国の消費者物価統計が発表され、速報値で八・六%の上昇であった。日本のインフレ率は最新のもので二・四%(七月二十二日発表分)である。日本は二%程度で与野党ともに大騒ぎをし、
物価対策と銘打った政策をいくつか議論しているのに対して、八%を超える米国ではそうした動きはほとんど報道されていない。なぜだろうか?
一つは賃金上昇である。米国の雇用統計では民間全産業全職種の賃金上昇率は今年の第2四半期で五・五%増加、年平均で五・一%の増加だった。一方、日本の毎月勤労統計では、
現金給与総額の上昇率は今年の六月で二・二%増加だが、年平均だと〇・九%にとどまっている。両国とも物価上昇のペースの方が早いが、物価上昇で収益が上がれば賃金が上がる米国では、
物価水準そのものが問題にはなっていないのだ。むしろ、物価上昇と賃金上昇が急すぎて、景気が過熱することを心配した中央銀行は政策金利を引き上げる政策をとっている。それに対して、日本では相変わらず、
「物価が上がって生活が大変」、「企業努力で何とか」という論調が根付いてしまい、かかった費用を企業が吸収し、賃上げもできない。
実際、政府が打ち出した物価対策はガソリン価格を抑制するための補助金と輸入小麦の政府売渡価格(政府が一括管理する輸入した小麦を国内事業者に売却する際の価格)の維持くらいである。
後者も実質的には補助金を出すのと同じ効果である。どちらも価格が上がった消費者物価に大きな影響を与えている商品だ。「物価が上がって生活が大変」だから補助金を出して、値上げを抑制しようとするものだ。
補助金を出して価格を抑制して何かよいことはあるのだろうか?
価格上昇により消費者はその商品の購入量を減らせば、他の物を購入する。小麦を減らして、米の購入を増やせば、農業振興につながらないだろうか。価格転嫁が難しくなれば、賃上げによる費用の増加分も転嫁できなくならないだろうか。
目の前の課題に対処するバッチワーク型の政策では、中長期的に不都合な影響を及ぼす可能性があることを忘れてはならない。税で輸入品に補助を出して、よいことはあるのか疑問である。 |