少子化の歯止めと反転
中村まづる●青山学院大学教授、政策研究フォーラム副理事長
岸田首相は、「二〇三〇年代に入るまでが、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」とし、異次元の少子化対策を打ち出した。具体策としては、児童手当の所得制限撤廃、支給期間延長、第三子以降への給付倍増などの拡充を中心に、今後は出産費用の保険適用なども検討する。すべての子育てを支えるための社会保障の方向転換を評価する声もある。しかし、これによって少子化に歯止めがかかり、出生率が上昇に転じるのだろうか。
経済発展にともなう出生率低下は避けて通れない問題であり、夫婦が出生数を決定する要因については経済学でも関心が寄せられてきた。その草分けであるH・ライベンシュタインは、子の数を決める際、働き手としての稼得能力や老後の生活保障での必要性が、所得水準の向上、社会保障の充実とともに減っていく一方で、教育費をはじめ養育にかかる費用や子育てに従事することに伴う逸失利益が高くなることを指摘した。そのため、生活が豊かになるとともに少子化に向かうと考えられる。
この問題は、G・ベッカーの研究によって、さらにモデル化が進んだ。ベッカーは、子どもの量(人数)に対して質(教育)という概念を導入し、所得の増加分は子どもの数ではなく教育に向けられるとし、所得増加と出生力低下の逆相関関係を示した。さらには、子どもを持つことが目的の一つでもある、結婚自体も経済分析の対象となった。これらの研究をもとに、出生力の低下の要因を説明する研究が進んだ。
一方で、経済の発展過程でどのように少子化に転じるのかを解明する理論が精緻化されてきたが、その要因は複雑である。そのため、出生率を上昇に転じる手段も一義的に導くことは難しい。給付金の増額による支援策の効果には疑問も呈されている。
日本の少子化の要因として晩婚化、非婚化が指摘されてきた。岸田首相が示す「誰もが、結婚や、子どもを産み、育てたいとの希望がかなえられる」社会を実現するために、働き方改革や賃金の上昇なども緊急の課題である。出産や子育て費用の支援は、こうした理想と現実社会とのギャップを埋め、その上で、第三子以降を不安なく育てる社会を育むための第一歩に過ぎない。
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