似ても似つかぬ価値観
谷口洋志●中央大学名誉教授、政策研究フォーラム理事長
六月に四年ぶりに中国を訪問した。実際に現地を訪問すると、メディア情報からは得られない中国の実情を感じたりする。 たとえば、空港を除く街中ではマスクをしている人は一割もおらず、数パーセントという感じだった。日本よりもマスク人口比率が高いと思っていただけに意外だった。もっとも、三五度以上の猛暑続きで、マスクなどしていられない状況だった。最高気温の北京では連日四〇度を記録していた。 街中では、最近の中国を物語る光景にでくわした。そのひとつは、人が集まる場所や主要な建物では、運動会の旗のように沢山の中国国旗がなびいたり、掲揚されたりしていることだ。従来の商業用広告が国旗掲揚に入れ替わったかのようだ。もうひとつは、あちこちで社会主義核心価値観の標語をみかけることだ。 価値観は一二個の二文字熟語で表示される。それらはさらに国家、社会、公民の三種に分類される。国家に関わる価値観は、富強・民主・文明・和諧の四つ。社会に関わる価値観は、自由・平等・公正・法治の四つ。公民に関わる価値観は、愛国・敬業・誠信・友善の四つ。 車に乗ると、全座席でシートベルト着用が求められるのは日本よりも厳格で感心したが、至るところで喫煙者をみかけ、最後にはポイ捨てされるだけでなく、今でも平気で痰・唾をまき散らす連中が目立つのは、「文明」が公民でなく、国家の価値観とされているからか。 六月の猛暑ということもあり、歩く人のほとんどがTシャツであったが、何人かの背中に大きく中国やCHINAと書かれていたのは、愛国の浸透がここまで来たかという感じだ。ただし、人民公社を賛美したり、社会主義新農村に青春を捧げようという文字をみかけると、愛国とは愛共(共産党を愛する)の意味であることを知ることになる。 最大の違和感は、民主、自由、平等、公正という価値観にある。デモクラシーを重視し、自由・公正を理念の一部とする政策研究フォーラムに身を置く者として、同じ用語でありながら、一八〇度違った意味で使われている現実を知ると、これらの用語を自明と片付けることなく、自分たちの価値観の意味を正確かつ詳細に説明し、主張しなければならないと改めて感じた。
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