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月刊誌「改革者」2023年 12月号
「改革者」2023年12月号 目次

減税は国民に還元されるか?

中村まづる●青山学院大学経済学部教授、政策研究フォーラム副理事長

 政府は十一月二日に、新たな総合経済対策の柱として物価高に対応するための減税を閣議決定した。岸田首相は、過去二年間の所得税・住民税の増収約三・五兆円を「国民に還元」すると強調した。減税は国民にとって耳障りの良い政策ではあるが、誰に、何を、どのように行うのか、意図や効果には疑問が投じられている。
 減税は年収に関係なく一人あたり所得税三万円、住民税一万円、合わせて四万円の定額給付で、配偶者や扶養家族も対象となる。税制上の措置となるため、実施は法改正を経た来年六月となる。減税の恩恵を十分に受けられない低所得世帯への対応として、住民税非課税世帯には、一世帯あたり七万円、所得税非課税で住民税を支払う世帯には一〇万円を年内に支給する方針である。
 物価高に迅速に対応するのであれば、一律給付の方が望ましいという指摘もある。とはいえ、今年度も住民税非課税世帯には一世帯あたり三万円が支給されている。減税の対象も額も時期も煩雑で、目的が見えにくくなっている。日銀の物価見通しでは、今年度、来年度ともに消費者物価上昇率は二・八パーセントに上方修正された。減税は消費を刺激し、物価上昇圧力がさらに高まれば本末転倒である。
 鈴木財務相は、過去の税収増は政策的経費や国債の償還に既に充てられてきたため還元の余地は少なく、新たな国債発行が必要になると述べている。そもそも、決算余剰金の半額は債務償還に充てることが財政法で定められている。
 岸田首相は、総裁選で掲げた経済対策が「バラマキ」と批判されて以来、防衛費倍増、少子化対策と、大型予算を伴う政策を打ち出すたびに財源が問題となってきた。今回は「税収増の還元」として批判を回避しようとした無理が露呈している。
 報道各社の世論調査では、内閣支持率が政権発足以降最低の数字を記録している。定額減税・給付についても「適切だとは思わない」「評価しない」とする回答が過半数を超え、支持率の回復にはほど遠い。
 財源の裏付けのない人気取り政策では、通貨、株価、国債価格の暴落など市場の反発を受け、結果的に国民生活に混乱を招きかねない。昨年秋にイギリスのトラス首相が就任一ヶ月半で退陣に追い込まれた事態は、決して他人事ではない。
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