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月刊誌「改革者」2008年11月号
「改革者」2008年11月号 目次
 

羅 針 盤(11月号)
            国家関係と個人関係は全く別だ

                          田久保 忠衛
              杏林大学客員教授・政策研究フォーラム副理事長


 世界笑話集の筆頭に挙げられることは間違いないと思う。 平成十九年九月十五日の自民党総裁選挙出馬に際しての記者会見で、福田康夫前首相は「お友達の嫌がることをあなたはしますか。 しないでしょう。国と国との関係も同じ。相手の嫌がることを、あえてする必要はない」と語った。 個人間と国家間の関係は全く違うという国際政治のABCも弁えない発言を一国の最高指揮者が公言し、 それを聞いた記者団からさしたる批判も起こらず、「お友達外交」とひやかしの記事しか生れなかったのも日本七不思議の一つだろう。
 ブッシュ米大統領は去る十月十一日に、北朝鮮が核申告の検証枠組みに同意したと信じ込んで、北に対するテロ支援国家指定を解除した。 これで世銀やアジア開銀の対北向け融資の道が開かれるのだから、日本がとってきた制裁措置の効果は薄れる。 日米両国は同盟関係にあるにもかかわらず、米国は「お友達の嫌がることをあえてした」のである。 日本の一部には「米国はわれわれを裏切った」といきり立つ向きもあるが、米国の対北政策の優先順位は核保有阻止にあるのだから、 日本の不快感を気にしてはいられまい。
 一九七一年七月十五日にニクソン米大統領は日本への十分な事前通告なしに突然「訪中する」と発表した。 いわゆるニクソン・ショックだが、日本は対中政策に関するかぎり、同盟国の米国がいきなり中国との関係改善に着手するとは夢にも思わなかった。 「米国の裏切り行為だ」との声が各界に満ち満ちたが、ニクソン大統領にすれば、「米国には対ソ戦略上の、 またベトナム戦争を終結させるとの選挙公約上の計算もあるのだから、『お友達が嫌がるかどうかを気遣いするわけにはいかない』」ということだろう。
 日本にとっては日米同盟は命綱だ。が、米国は国益を損なっても同盟の誼みを守ろうとするだろうか。 「する」と考える向きは福田前首相と同じメンタリティーで、個人の関係と国家の関係が一致するとのとんでもない勘違いを犯している。 国際政治学に初めて接する学生ならまだしも、ベテラン政治家の無知には已んぬるかなととの思いを禁じ得ない。国家関係は冷酷だ。
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